
今回の「さくら通信」では、
先生の大学時代のお話をお届けします。
書道科ではなく文学部へ進学し、
新しい世界に触れながら、
「表現すること」と深く向き合っていった日々。
のちに書の道へとつながっていく、
大切な学びの時間でもありました。
学生時代の経験が、
どのように今の先生を形づくっていったのか――
ぜひお読みください🌸
第5章 大学進学、そして演劇に夢中になった日々
森中先生:1964年に高校を卒業、親の反対を押し切って浪人し、1965年に北九州大学文学部へ進学しました。書道科には入れなかったけれど、「浪人してでも大学へ行く」と決めたことで、自分の中に覚悟が芽生えた気がします。
――大学生活の4年間で、特に印象に残っていることはありますか。
森中先生:大学時代、いちばん力を入れていたのは演劇部の活動でした。演劇部のために大学へ通っていたと言ってもいいほど、熱中していました。
――いわゆる「ガクチカ」(学生時代に最も力を入れたこと)が演劇部だったのですね。
森中先生:そうなんです。私が大学に在籍していた1960年代後半は、日本の演劇界が大きく躍動した時代でした。演劇が音楽・詩・美術などの垣根を越え、総合芸術として発展していった時期で、その影響は大学演劇にも広がり、若い世代の新しい表現が各地で生まれていました。いわゆる「尖った」人たちが集まっていたのも、演劇部でした。
――演劇部では、役者をされていたのですか。
森中先生:私は主に裏方で、演出や照明を担当していました。脚本を読み込んで演出を考えたり、自分たちでゼロから舞台を作り上げたり。作品を多くの人に見てもらうために、トラックで大道具を運んで巡業したこともあります。すべてが新鮮で、とにかく楽しかったですね。
人と関わる力、そして総合的に作品を作り上げる面白さ――そうしたものを演劇部で学びました。演劇部での活動を通して、文字を書くこととは違う形で、「表現する」ということに深く関わるようになったと思います。
――大学では書道はやらなかったのですか。
森中先生:大学は書道科ではなく国文学科だったので、書道とは少し距離ができました。その頃は、書道よりも文学のほうに興味が向いていたと思います。
平安時代の国風文化に触れることも楽しかったですし、近代文学の中では俳句に惹かれました。卒論のテーマは夏目漱石を選びました。
大学で古典から近代まで様々な文体・形式の文学作品に幅広く触れました。大学の授業では学問としての文学を「インプット」し、演劇部ではそれを舞台という自由な形で「アウトプット」していく。好きなことをランダムに選んでいるように見えて、実はすべてつながっていたのだと思います。
第6章 くずし字を読む授業──「源氏物語」との出会い
――大学の授業で、特に印象に残っているものはありますか。
森中先生:源氏物語の授業ですね。国文学の専門授業の中に、「源氏物語を原文で読む」という授業があったんです。九州大学から今井源衛先生という、源氏物語研究で有名な先生が、わざわざ来て授業をしてくださいました。
ここでいう「原文で読む」というのは、単に印刷された活字の原文を読むという意味ではありません。当時の筆文字――いわゆる“ミミズが這ったような文字”のくずし字で書かれた本文を読み解いていく授業でした。
この授業には二つの大きなハードルがありました。
ひとつは、くずし字で書かれた文字を判読するという「文字を読む」難しさ。
もうひとつは、判読できた文章の意味を理解し、古典文学として読み解くという「内容を読む」難しさです。
あれこれ調べて、ようやく文字が読めたと思ったら、今度は言葉の意味がわからない。そこでまた調べる――その繰り返しでした。
文字学的な要素と古典文学的な要素、二つの学びが重なった奥行きのある授業だったと思います。
そして何より、その授業をさらに難しくしていたのが、先生の厳しさでした。
先生はとても厳しく、授業中に当てられて読めなかったら、そのまま授業中ずっと立ちっぱなしにさせられる。そんな緊張感のある授業でした。立たされるのが嫌で、みんな必死で予習しました。
読めない、読めないと思いながらも、なぜか私は熱心に通っていました。内容そのものというより、平安時代の国風文化、その時代の空気のようなものに惹かれていたのだと思います。
たどたどしくでも原文が読めるようになっていくと、まるで異文化の世界に触れているようで――それがとても楽しかった。
当時は、何十年もあとになって、自分が源氏物語の原文のような文字を書く側になるなんて、思ってもいませんでした。今振り返ると、この授業で自分は人生の階段をひとつ上りかけていたのではないか。そんな気がします。
🌸終わりに
大学時代の経験は、直接「書」につながっているようには
見えないかもしれません。
しかし、文学・演劇・時代のうねりの中で培われた
感性や人との関わりは、
のちの先生の書の世界を形づくる大切な土台となりました。
遠回りに思えた道の一つひとつが、
やがて「書」へとつながっていきます。
📖次回予告
大学卒業後、社会に出た先生が
再び「書」と向き合うまでの歩みをお届けします。
人生の転機となる物語に、どうぞご期待ください🌸