
こんにちは。さくら書道教室です☺️
前回、大学卒業を目前に「教員免許を取り損ねた」という悔しさをお話しいただいた森中先生。
今回のVOL.8では、そこからの20代――結婚、出産、そして子育てに追われる日々をお届けします。
手にしたのは免許状ではなく、おんぶ紐。
そんな暮らしの中で申し込んだ書道の通信教育も、開く時間さえなく部屋の隅に積まれていったといいます。それでも、先生はその教材を手放しませんでした。
「いつか」を信じて過ごした、長い待ちの時間。
そこにどんな想いがあったのか、ぜひ読んでみてください🌸
第8章 教員免許と書道にたどり着くまで
ー20 代。本来なら、大学で学んだことを武器に社会へ飛び出す時期です。でも、森中先生の手元にあったのは、教員免許ではなく赤ちゃんをおんぶする「おんぶ紐」だったのですね。
森中先生: そうなのです。卒業するときに、あと数単位足りなくて教員免許を取りそこねてしまった。そして卒業して結婚、1 年後に出産したのです。
当時は「まあ、なんとかなるわ」なんて楽観的に考えていたけれど、いざ子供が生まれてみると、その「あと少し」が、一生届かないほど遠い崖の向こうに見えました。
ー次々とお子さんを授かったのですね。24 歳で一人目、26 歳で二人目……。当時は、自分の時間なんて 1 分もなかったのではないですか?
森中先生: そうです。朝から晩まで、2人分の布おむつの洗濯と三度の食事の支度に追われました。
大学生から社会人を経ずすぐに母親になったのもあって、生活力がまだ足りなかった。
大学生の自由気ままな生活から 180 度変わって、子どもの世話と家事に追われる毎日でした。
ーそんな中で、書道の通信教育を申し込まれたそうですね。それは、小さな「抵抗」だったのでしょうか。
森中先生: そうね、何かに縋(すが)りたかったんだと思う。自分の中に「書くこと」への火種だけは消したくなくて。でも、現実は残酷で、届いた教材や手本を開く時間も余裕もなかった。
ー届いた教材を、ただ眺めるだけの日々。
森中先生: そう。
最初の一、二回は無理して練習して送ったけれど、あとはもう溜まっていく一方。
部屋の隅に積み上げられた資料が、だんだんと埃をかぶっていくのを見て、「ああ、私はもう、このまま終わっていくんだな」って。
時計が止まってしまったような閉塞感があった。
同時に苦労して大学に行かせてくれた両親、特に教育熱心だった母に対して申し訳ないと思っていました。
周りの友達は、大学時代にちゃんと勉強して、普通に免許を取って先生になっている。
それなのに、私は何をしているんだろうって。
おしめを洗う手に、墨の汚れがついているわけでもない。
ただ、ただ、時間が過ぎていく。
ー でも、その埃をかぶった教材を、森中先生は捨てませんでした。
森中先生: 捨てられなかったのです。
それが唯一の、外の世界との細い「糸」だと思っていました。
いつかこの埃を払って、もう一度筆を握る日が来る。
根拠なんてなかったけど、その「いつか」を信じることで、なんとか毎日を送っていました。
今思えば、あのじっと待ち続けた 10 年があったからこそ、その後に自分の手でチャンスをつかみに行けたのかもしれません。
🌸終わりに
埃をかぶっていく教材を前に、それでも先生は「もう終わった」とは思いませんでした。
捨てられなかったのは、それが外の世界とつながる、細い一本の糸だったから。
根拠のない「いつか」を、10年近く信じ続けた時間。
この回は目に見える成果のない、いわば”空白”の時期です。けれど、この長い辛抱があったからこそ、後に訪れるチャンスをしっかりとつかむことができたのだと思うと、この10年も決して無駄な時間ではなかったのだと感じさせられます。
📘次回予告
長かった「待つ時間」に、ついに転機が訪れます。
森中先生が再び筆を握ることになった、そのきっかけとは――
どうぞお楽しみに🌸